稀勢の里は優勝&横綱昇進の快挙でも結婚しない?怪我の現在や名言も

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こんにちは、土俵際いっぱいのタクシー運転手です。

 

相撲は日本の伝統的な趣が詰まっていながら、
激しい取組も迫力があるので面白いですよね!

久しぶりの日本人横綱も誕生しましたので、
気になる稀勢の里関をまとめてみました。

 

待望の日本人横綱、稀勢の里はどんな人?

恵まれた体格やその才能から、
「横綱待望論」は結構前から聞こえていましたが、
稀勢の里関はどんな人なんでしょうか?

 

四股名:稀勢の里 寛(きせのさと ひろし)
※「稀な勢いで駆け上がる」の意
本名:萩原 寛
生年月日:1986年7月3日
出身:茨城県牛久市
身長:187cm
体重:175kg
出身校:竜ヶ崎市立長山中学校
所属:田子ノ浦部屋(2013年末のお家騒動があった鳴門部屋より)
最高位:第72代横綱
初土俵:2002年3月
効き手:左利き
得意手:左四つ、寄り、突き、押し
趣味:アメフト観戦

 

幼少時代は恵まれた体格の野球少年だったそうですが、
県下の強豪校からの誘いも野球への情熱は無かったようです。

 

鳴門親方(当時の年寄名跡で元横綱 龍の里)が熱心にスカウトして、
中学を卒業後に鳴門部屋に入門します。

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期待の若手時代から悲願の賜杯へ

2002年3月の初土俵から2004年5月の十両昇進までは、
あの貴乃花に次ぐ17歳9カ月と、
期待に違わぬスピード昇進を記録しています。

 

そして2004年11月にまた貴乃花に次ぐ18歳3カ月で新入幕を果たし、
四股名を本名から現在の「稀勢の里」に改名します

 

・・・「稀な勢いで(番付を)駆け上がる」その様子から、
師匠が提案したそうですが本当にぴったりですね!

 

その後は2011年11月の相撲協会理事会にて、
満場一致で大関に昇進。

 

しかし、新入幕から足かけ7年(所要42場所)の大関昇進は、
今度は逆に史上五位のスロー記録となりました。

 

そして計六度の綱とり失敗(優勝次点12回)を繰り返しながら、
遂に七度目の2017年1月場所で初優勝を飾ります。

 

・・・この初優勝が確定し横綱昇進をほぼ手中にした大関 稀勢の里が、
横綱 白鵬に完勝した2017年初場所千秋楽の一番は、
歴史的な取り組みと言えるでしょう!

 

 

・・・初土俵からなんと89場所目での初優勝と綱とりで、
千秋楽で横綱 白鵬に完勝ときたら、
メディアは稀勢の里関を時の人と注目しますよね。

 

(久しぶりの日本人横綱誕生!の論調ばかりで、
これまで頑張ってきたモンゴル人が悪役にされるのは、
ちょっとどうかと思うんですけどね。)

 

 

努力の人、稀勢の里の結婚願望は?

大関昇進や横綱昇進時の口上「四文字熟語」が慣例(?)ですが、
稀勢の里関は使わないんですよね。

 

ちなみに大関昇進時は「精進します」で、
横綱昇進時は「横綱の名に恥じぬよう、精進いたします」と、
シンプルに自分の気持ちを表しています。

 

・・・稀勢の里関の実直な人柄が垣間見えますね!

 

父の貞彦さんが語るところによると、

『相撲を取っている間は結婚しない』

と述べて横綱昇進を受けて結婚は封印しているそうです!

 

・・・ガチンコ部屋で有名な(旧)鳴門部屋は、
凄まじい稽古量を誇りましたが、
稀勢の里は先代の鳴門親方に心酔していたようですね。

 

残念ながら大関昇進を前に急逝してしまいましたが、
稀勢の里関は部屋のお家騒動もあってのことか、
結婚より相撲に打ち込める時間を優先したいのでしょうか。

 

 

・・・もっと強くなって先代の親方に報いたい、
何かそんなことを感じたりします。

 

 

怪我を乗り越えて連続優勝!その哲学や名言

稀勢の里関が中学の卒業文集に
寄せた言葉は大変印象的です。

 

『天才は生まれつきです。もうなれません。
努力です。努力で天才に勝ちます 荻原 』

※荻原は稀勢の里関の本名

 

 

入幕までは貴乃花を追いかけるような
早熟タイプかと思いましたが、
その後の綱とりまで89場所を要しました。

 

・・・実はそんな稀勢の里関は、大器晩成タイプだったのでしょう。

この文集の言葉も自分に言い聞かせているようですね!

 

猛稽古で知られる(旧)鳴門部屋にスカウトされたのも、
何か運命的なものを感じます。

 

 

そして初優勝&横綱昇進を遂げた稀勢の里関は、
2017年3月場所を12連勝で迎えた13日目の横綱 日馬富士戦で、
寄り倒される際に左肩を負傷する痛い一敗をしてしまいます。

 

アドレナリンが出てるはずの取り組み直後でも、
左肩が上がらない状態で翌日からの休場も噂されましたが、
横綱として稀勢の里関は土俵に上がり続けることを選択。

 

左利きで左からのおっつけを得意とする稀勢の里関が、
左肩を痛めて勝機はあるのか?と心配されます。

 

14日目の横綱 鶴竜戦を迎えますが、
左肩に大きくテーピングを施した痛々しい姿は、
とても満足に相撲が取れる状況に見えませんでした。

 

・・・残念ながら二敗目となってしまい
一敗で並んでいた大関 照ノ富士とは、
千秋楽の直接対決で二連勝しないと優勝が無い状況です。

 

誰もが千秋楽の本割での敗戦を予想しましたが、
ここは横綱 稀勢の里の意地の突き落としで、
まさかの優勝決定戦にもつれこみます。

 

 

 

 

・・・土俵際で一発逆転の小手投げが決まり、
横綱 稀勢の里関が奇跡の連続優勝を飾りました!

 

私もちょうど生中継で観戦していましたが、
大声で「やったー!」と叫んでしまいました。笑

 

平成の大横綱の貴乃花が膝の痛みを押して優勝を遂げた時には、
賜杯を渡す当時の小泉首相が感極まって、
「痛みを押して、よくがんばった!」と健闘を讃えましたよね。

 

何かそのシーンが思い出されましたし、
大相撲の歴史に残る一番だったのではないでしょうか。

 

いや~とにかく感動モノですよ!

 

 

心配される左肩の状況

13日目の取り組みで痛めた左肩の症状は、

「左大胸筋損傷、左上腕二頭筋損傷で約1カ月の療養が必要」

とされる状況とのこと。

 

巡業は全休していますが、
五月場所を目指して稽古を再開しているそうです。

 

先代親方である故人の元横綱 隆の里の教えは、
横綱 稀勢の里関の心に刻み込まれていると言われています。

 

怪我は土俵で治せ。稽古を一日休めば戻すのに3日、3日休めば1カ月かかる

 

・・・努力の人である稀勢の里関は、
相撲の取り組みも素晴らしいですが、
人間性の高さも様々な人のお手本となりますね。

 

 

 

稀勢の里関は横綱に昇進する際も、
「ちゃらちゃらしたくない」といった理由で、
部屋のある小岩での優勝パレードを固辞した経緯があります。笑

 

・・・代わりに開催されて優勝報告会では、
小学生に「稽古は嘘をつかない」と話すなど、
実直な努力の人は本当に憧れます。

 

稀勢の里関の何分の一でも良いので私も前を向いてガンバリマス!

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東京のタクシー運転手(とらねじ)

東京のタクシー運転手(とらねじ)

こんにちは、このサイトの管理人(とらねじ)です。ご訪問ありがとうございます。

このブログは、東京で働くタクシー運転手の目線で、「業界的な話」や自分の尊敬する方、生活者の行動に関するトピックスなどを気ままに書いています。

・・・私自信は都内の中小の製造業やサービス業を渡り歩いた、どこにでもいるアラフォーです。
ところが、前職の会社が業績悪化に陥ったので、思い切ってタクシー会社に転職したました。

世間の悪いイメージがありますが、実際に入ってみると結構違ったのでビックリしました!
大変ですが、なかなか面白いですよ♪

・・・東京なら何度でも人生をやり直せると信じています。